知的障害者をいじめない自信

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    後を絶たない知的障害者への暴行事件。

    栃木県宇都宮市の知的障害者施設で、男女のスタッフによって知的障害者が暴行を受け、重傷を負いました。

    一命は取り留めたものの、骨折だけでなく腹部には1リットルもの出血があり、暴行の残忍さを覗わせます。

    もちろん、容疑者たちは許せませんが、日常的に知的障害者と接していて、自分にはこんな残忍なことは決してありえないと、胸を張って言えるでしょうか。

     

     

    昔、権威の下では人間は恐ろしいほど残酷な行為をするという、通称アイヒマンの実験というものがありました。

    この実験では、人間の心理の深部には残忍な一面があると思わせるのですが、これから思うと、絶対にありえないはないように思うのです。

     

    知的障害でなくて身体障害であっても同じことで、普段は障害者を労ろうという気持ちで親切に接しようとしていても、心のどこかに体の自由が利かない部分がある障害者をいじめてやれという残酷な気持ちが、深層心理に存在しているかもしれません。

     

    強きを助け弱きをくじく・・・正義の味方の姿ながらその考えとはまるで反対のヒーローである「タケちゃんマン」というものが、今から30年ぐらい前にありました。

    演じていたビートたけし氏は、当時から人間の心理の奥底に眠る残酷なものを見ていたのかも知れませんね。

    でなければ、「世界の北野」と言われるほどの映画監督にはならなかったでしょうから。

     

    人間の心理は残酷なもので、自分の中にも残酷さはあると思うと同時に、身体に障害を負ってしまったことで格好の餌食となってしまい、この事件を見て、我が身を守るすべを考えなくてはならないなと、切に感じます。


    コメント
    ニゼックさんナイスです。私の先の記事に対して「謙虚さの軽重ってハカリでもあるの?」とバカバカしいこと言っている人いるのですが、何事にも相手があることを理解できないのでしょうか。今回のニゼックさんの記事のような人間観察・洞察が基本にないから建設的な議論にならないのです。
    ありがとうございます。
    私は小学生の頃、軽い知的障害のある女の子をいじめたことがあります。こんなことは、大人になって分別ができるようになったからもう絶対にしないと思ったところで、同じ脳味噌からの発信である限り一生ついてくるものだと思います。
    どれだけ反省してもその罪は晴れることはなく、どれだけ思いやりを持ったところで、聖人になるなんてことはなく、生涯かけて背負っていくんだという思いがこの病気がきっかけで生まれました。
    そこからの自己防衛こそが、謙虚の正体なのかもしれませんね。

    参考までに、過去記事をリンクしておきますね。
    http://nosot.jugem.jp/?eid=175
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